この記事の対象:所員数名から十数名程度の小規模な建築設計事務所の代表者、管理建築士、設計担当者。生成AIを導入したいものの、施主情報や図面、著作権、責任分界が気になり、事務所内のルールをまだ文書化できていない方に向けています。
先に結論:生成AIの導入で最初に作るべきものは、便利なプロンプト集ではなく「何を入力してよいか」「何に使ってよいか」「誰が確認するか」「いつ消すか」を一枚で判断できる利用ガイドラインです。本稿では、Geminiを規程案を作る補助に限定し、公開情報・社内限定情報・施主機密・法定判断資料の4区分を運用に落とす方法を示します。
安全境界:AIに任せるのは、公開情報の整理、規程文のたたき台、会議項目の分類、チェック観点の洗い出しまでです。現地確認、法令適合、建築可否、構造・設備・施工納まり、契約、価格の最終判断はAIに任せません。この記事は一般的な情報提供であり、個別の法務・契約・建築確認の判断を推奨するものではありません。実際の運用では、契約書、サービス設定、社内規程、専門家の確認を組み合わせてください。
なぜ「使ってよい業務」より先に「入力してよい情報」を決めるのか
設計事務所では、メールの要約、議事メモの整理、説明文の下書きなど、生成AIが役立ちそうな場面が多くあります。しかし、同じ「文章整理」でも、公開済みの自治体資料と、施主の住所・家族構成・予算が含まれる相談記録では、漏えい時の影響が全く違います。用途だけを許可すると、担当者が便利さを優先して情報区分を飛ばしがちです。
そこで、最初に情報を4区分し、入力可否と条件を定めます。デジタル庁のテキスト生成AI利活用におけるリスクへの対策ガイドブック(α版)も、利用形態やユースケースによってリスクと対策が変わると整理しています。小規模事務所では難しいリスク分析を一から行うより、情報区分と業務工程を対応させる方が実装しやすいでしょう。

まず作るべき4区分マトリクス
以下は、事務所の規程案にそのまま転記できる基本表です。区分の名称は事務所内で変えて構いませんが、迷ったときに厳しい区分へ寄せるルールは残してください。
| 情報区分 | 例 | Geminiへの入力 | 許可する用途 | 確認者 | 保存期間の例 |
|---|---|---|---|---|---|
| 公開情報 | 公開法令、自治体公開資料、事務所が公開済みの文章 | 可。ただしURL・出典を添える | 要約、比較、論点整理、規程案の下書き | 担当者、公開物は責任者 | 案件フォルダの保存方針に従い、不要なら90日以内に削除 |
| 社内限定情報 | 社内手順、匿名化した工数、一般化した業務フロー | 条件付き可。個人名・案件名を除く | 業務手順の整理、教育資料、規程案 | 担当者+管理者 | 規程改定履歴として必要な期間。原文は別管理 |
| 施主機密 | 住所、氏名、予算、契約条件、未公開図面、相談記録 | 原則不可。匿名化しても再識別のおそれがあれば不可 | AIを使わず、所内で手作業。公開情報だけに置換した検討は可 | 管理建築士または代表 | 契約・個人情報保護の定めを優先 |
| 法定判断資料 | 確認申請に関わる判断資料、構造・設備計算、検査記録、契約判断の根拠 | 不可 | AIの出力を根拠資料にしない。必要な確認項目を人が作成 | 有資格者・責任者 | 法令、契約、業務記録の定めを優先 |
「入力可」は「正しい」と同じ意味ではありません。公開情報を入力しても、Geminiの回答には誤り、古さ、引用漏れがあり得ます。出力は必ず原典と照合し、出典が示されない主張は採用しない、という確認手順を規程に書きます。
入力可否・用途・確認者・保存期間を規程に落とす
1. 入力可否は三択にする
「可/不可」だけでは現場が止まるため、可、条件付き可、不可の三択が現実的です。条件付き可には、匿名化、案件コードの使用、個人情報を含めないこと、公開情報のみに限定すること、入力前に管理者が確認することなど、具体的な条件を列挙します。「社内判断で大丈夫」といった曖昧な表現は避けます。
2. 用途は成果物単位で書く
「業務効率化」では広すぎます。「公開資料を200字で要約する」「事務所規程の見出し案を3案出す」「匿名化した問い合わせを論点別に分類する」のように、入力・出力・利用者を想定できる単位にします。設計の判断そのものではなく、判断の前処理に限定するのがポイントです。
3. 出力確認者を役職と作業で指定する
「担当者が確認」だけでは責任がぼやけます。文章の誤字は担当者、対外説明は代表または管理建築士、法令・構造・設備・施工に関係する事項は該当有資格者が原典・図面・計算書を確認する、と分けます。AIが「確認済み」と表示しても、それは専門家の確認ではありません。
4. 保存期間は入力と出力を分ける
プロンプト、添付資料、回答、採用した最終文を同じ場所に置くと、後から何が根拠だったか追えません。入力した原文、AI出力、採用版、確認記録を分け、保存期間も定義します。施主機密や個人情報は、AIに入力しないことが第一であり、保存期間の設定で入力を正当化しないでください。

事務所向け規程案テンプレート
以下は小規模事務所向けのたたき台です。採用前に、利用するGeminiの契約プラン、管理者設定、データの取扱い、委託先との契約を確認し、事務所の既存規程と矛盾しないよう編集してください。
第1条(目的) 本規程は、当事務所がGemini等の生成AIを利用する際の情報管理、著作権確認、出力確認および責任分界を定める。
第2条(利用の限定) 生成AIは、公開情報の整理、社内手順の一般化、規程案・説明文の下書き、確認観点の洗い出しに限り補助的に利用する。生成AIの出力を、設計者の判断、法定判断、契約判断、価格決定または現地確認の代替としない。
第3条(情報区分) 情報を公開情報、社内限定情報、施主機密、法定判断資料に区分する。入力可否は別表に定め、迷う場合は上位の機密区分として扱う。
第4条(入力禁止) 施主の氏名・住所・連絡先・予算・契約条件、未公開図面、構造・設備計算、確認申請その他の法定判断資料を、承認なく生成AIへ入力してはならない。
第5条(確認責任) AI出力を利用する者は、原典照合、事実確認、著作権・利用条件の確認を行う。対外公開物は責任者が確認し、法令適合、建築可否、構造・設備・施工納まり、契約および価格の最終判断は有資格者または責任者が行う。
第6条(記録と削除) 利用者は、利用日、目的、情報区分、確認者、採用結果を記録する。不要なプロンプト・添付資料・出力は、別表の保存期間経過後に削除する。ただし契約・法令上の保存義務がある記録はその定めを優先する。
著作権を「AIが作ったから大丈夫」にしない
文化庁は、AIと著作権について、令和6年3月に文化審議会著作権分科会法制度小委員会の考え方を取りまとめたと説明しています。同ページには「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」も掲載されています。これは、建築実務でAIを使う場合にも、入力段階と利用段階を分けて確認する手がかりになります。
具体的には、他者のウェブ記事、写真、図面、製品カタログ、デザイン案を、利用許諾や契約条件を確認しないまま入力しないこと。出力が既存作品に似ていないか、第三者の権利を侵害するおそれがないかを確認すること。公開物には、必要に応じて使用素材、出典、作成過程、担当者の確認記録を残すことです。AI出力をそのまま施主への提案図や営業資料に転用せず、人が独自に検討・編集した範囲を明確にします。
コピーして使える安全なプロンプト例
次の例は、施主機密や法定判断資料を入力しない前提で、ガイドラインの草案を作るためのものです。入力前に、文章中に固有名詞、住所、案件コード、未公開図面、契約条件、計算値が残っていないか確認してください。
あなたは建築設計事務所の社内規程編集を補助する役割です。
以下の情報は公開情報と一般化した社内運用だけです。施主機密、個人情報、未公開図面、構造・設備計算、法定判断資料は含まれていません。
目的:小規模設計事務所向けに、生成AI利用ガイドラインの章立て案を作る。
必須項目:
1. 公開情報/社内限定情報/施主機密/法定判断資料の4区分
2. 各区分の入力可否と条件
3. 利用用途、出力確認者、保存期間
4. 現地確認、法令適合、建築可否、構造・設備・施工納まり、契約、価格の最終判断をAIに任せない明記
5. 出力には、事実確認・原典照合・著作権確認が必要である旨を含める
不明な事項は推測せず「要確認」と表示し、法的結論や建築可否の結論は出さないでください。
出力形式:章立て、各章の目的、確認者、運用上の注意を表で示してください。
このプロンプトでも、回答を規程として即時施行してはいけません。事務所の契約、情報管理、利用サービスの設定、所員の権限、保存先を確認し、代表者が承認した版だけを共有します。
導入初日に行うチェックリスト
- Geminiを使う目的を、規程案や公開情報の整理など五つ以内の用途に絞ったか。
- 入力前に4区分を選ぶ欄を、フォームまたはファイル名に設けたか。
- 施主機密、個人情報、未公開図面、計算書、法定判断資料を入力禁止として明文化したか。
- 条件付き可の条件に、匿名化、原文除外、管理者確認、出典記録を含めたか。
- 出力確認者を、担当者、管理者、管理建築士、代表者などに割り当てたか。
- 法令適合、建築可否、構造・設備・施工納まり、現地確認、契約、価格の最終判断を人が行うと明記したか。
- 入力・出力・採用版・確認記録の保存場所と削除時期を決めたか。
- 著作権、利用許諾、出典、生成物の類似性を確認する担当者を決めたか。
- 所員が迷った場合の相談先を、代表者または管理責任者として一本化したか。

現場の裏話:便利な要約ほど確認を省きやすい
設計事務所の実務では、会議後に「このメモをきれいにして」と頼まれる仕事が頻繁にあります。AIの文章は読みやすく、抜けがあっても気づきにくい。特に、発言者の迷い、未決定事項、条件付きの合意が、確定事項のように整形されることがあります。
私が運用ルールを作るなら、AIで整えた議事メモには「AI整理・原記録照合前」というラベルを付けます。担当者は原メモと突き合わせ、決定・保留・要確認を色分けし、最後に出席者または責任者が確認する。きれいな文章を成果物と勘違いしないための、地味ですが効く手順です。建築の現場では、短い一文の違いが後工程の納まりや費用に影響します。AIの文体ではなく、記録の正確性を優先してください。
FAQ
Q1. 匿名化すれば施主情報をGeminiに入力してよいですか?
A. 一律に「よい」とは言えません。氏名を消しても、住所、敷地条件、時期、家族構成、特徴的な要望の組合せで再識別できる場合があります。まず入力しない運用を原則とし、どうしても必要な場合は、契約・サービス設定・社内承認を確認したうえで、公開情報だけに置き換えた別データを使ってください。
Q2. AIが示した法令条文や条例の要約を、設計検討の根拠にできますか?
A. できません。AIは検索や要約の補助にとどめ、最新の法令・条例・行政資料の原典を人が確認してください。法令適合、建築可否、構造・設備・施工納まりの最終判断は、担当する有資格者と責任者が行います。
Q3. 生成AIで作った提案文の著作権は誰にありますか?
A. 個別の成果物について一律に結論づけられません。文化庁の資料を参照しつつ、入力素材の権利、生成・編集の過程、既存作品との類似性、契約条件を確認してください。公開前に担当者と責任者が確認し、必要なら弁護士等の専門家に相談します。
まとめ:AI導入の成否は「止める規程」ではなく「迷わない境界」で決まる
小規模な設計事務所では、複雑な審査委員会を置くより、4区分の表と、入力前・出力後の二段階チェックを運用する方が続きます。Geminiは、公開情報や一般化した社内情報を使った規程案づくりの補助に限定し、施主機密と法定判断資料は入力しない。AI出力は必ず人が確認し、現地確認、法令適合、建築可否、構造・設備・施工納まり、契約、価格の最終判断をAIに任せない。この線引きを、研修だけでなくファイル名、申請フォーム、承認欄に組み込んでください。
関連記事として、当メディアの建築・不動産の実務記事一覧も参照できます。なお、確認申請、設計変更議事録、現場写真整理、賃貸管理、定期調査などの個別業務については、それぞれの案件記録と専門家の確認を優先し、本稿のテンプレートを機械的に適用しないでください。
一次情報・参考リンク
- デジタル庁「テキスト生成AI利活用におけるリスクへの対策ガイドブック(α版)」:利用形態・ユースケースに応じたリスクと対策の整理。
- 文化庁「AIと著作権について」:AIと著作権に関する考え方、関連資料、チェックリストへの案内。
免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的とした解説です。個別の法務、著作権、個人情報、建築確認、契約、価格その他の判断を推奨するものではありません。実際の案件では、最新の原典、契約、サービス仕様を確認し、必要に応じて建築士、弁護士その他の専門家へ相談してください。

